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秋のように深く

夏生まれにふさわしい眩しさとともに

凛と微笑む人でした。

























◇   ◇   ◇   ◇   ◇















「おめでとう、静留。」



今年の桜は、まるで自分の新たな一歩を祝ってくれているように
とても綺麗に咲いていた。




「おおきに。」



父から離れ、京都を離れ
言葉すらまだ上手く交わし合うことの出来ないこの地に
それでも来ようと思えたのは

私の大好きな瞳で
微笑みで
声で
この名を呼んで

私の大好きな暖かな手で
優しく頭を撫でてくれるこの人がいたからだ。




「どうだ?入学した気分は。」




つい半年前までは
兄さんと同じように、運良く校区である地元の名門校に入学して
そのままエスカレーターで高校に進学するものだと思っていた。

だがそんな普通の小学生だった自分に風華から招待入学の話が持ち上がった。

確かに藤乃は京都でも由緒ある名家だ。
そこに目を付けたのだろうが、正直乗り気はしなかった。
藤乃、藤乃と。
その名に纏わりついてくる人等に
小学生ながら、ほとほと嫌気がさしていた。


父は、藤乃の名を気にすることはない。
そう言っている。

でも現実にはそんなことは言っていられない。
藤乃の娘なのだからと、優遇も非難もされる。


行きたくはないが、父の面目を潰すわけにもいかない。
そんな葛藤を何日も続けていたとき
兄さんはいつもの穏やかな口調で言ったのだ。





── 私がお前の話す京都弁に浸かっているように、お前も私の話す標準語に浸かってみたらどうだ?
              そうすればまた少し、私に似合う女性になるかもしれない。──









いつの頃だったか






兄さんと結婚するんだと口癖のように言っていた私に
            ひと
『じゃあ私に似合う女性になったら必ず、静留を私のお嫁さんにするよ。』

と約束してくれた。


よくある子どもの約束。
それが叶うことはないと分かってからも、兄さんに似合う大人になりたいと
いつだってそう思っている。

きっと兄さんと並んで歩けるような人こそ
兄さんと同じように優しく穏やかな人なのだと
そう思うのだ。








それからも決して強要することはなく。
まるで童話を話して聞かせるように
兄さんは風華への入学を勧めた。

そして期限ぎりぎりにようやく招待を受け入れ






今に至る。













「せやなぁ…新入生代表挨拶やなんて大役任されてしまいましたし…ちょお疲れました。」



ただ読むだけと言っても
人に見られているというのはなかなか神経を使うものだ。



「くすっ。嬉しいとか不安だとかそういうのはないのか?」



少しからかうように笑うと
その髪はサラサラと輝やく。



「不安なんて当たり前どす。兄さんもお父はんもおらんし、まして標準語の世界やなんて…
 でもうちが京都弁やてことは全校に知れ渡りましたから、変える気はありまへんえ。」



自信たっぷりに言えば



「通じる程度にな。」



とまた可笑しそうに笑った。




兄さんがこうやって本当に可笑しそうに笑ってくれるのは
自分の前だけだ。

これから先は分からない。
でも少なくとも
これまでは、ずっと。

妹でよかったと感じる瞬間のひとつ。




「さぁ帰ろう。引っ越しの片付けもまだ少し残ってるしな。」




長い足を踏みだした背に慌てて追いついて、少しためらいがちに大きな手に触れれば
涼しく微笑んで
すっ、と握ってくれる。


忙しい父とはこうして並んで歩くということがほとんどない。
その代わり兄さんは父の分まで尽くしてくれる。

この人は兄であり父なのだ。

だからこの大きな手に包まれていると
父親と手というのはこんなに頼りがいのあるものなのだろうかと、つい
手をぐいとつかんで
あちこちへ引っ張りまわしたこともあった。




「やはり父さんにも来てもらえばよかった。静留の成長を見るいい機会だったのにな。」

「機会なんてこれからぎょうさんありますやろ?やからええんどす。兄さんだけで。」




休日に家族と出かける同年代の子を見ても
羨ましくも、寂しくもない。
自分にはこんなに若い父親がいる。
そう自慢してやりたいくらいだ。




「家族で入学祝いというわけにもいかいしな。」


「兄さんが晩ご飯、奮発してくれはるんやろ?」








母親は







いたらどうだっただろうと考えたことがないわけではない。

けれど




いたほうがよかった




なんて
1度だって思ったことはない。



お茶やお華のお稽古の相談も、着物の着付けも
料理だって兄さんが教えてくれている。
出かけたときは服だってちゃんと見立ててくれる。
さすがに下着に関しては

『好きなのを買っておいで…。』

なんて顔を赤くして呟くが。














「お手柔らかに頼むよ…。」

「さあ…どないする?」





なんて太陽に話しかけてみる。



いい天気。










さぁ兄さん。










ふ、と足を止め

とん、と一歩踏み出して

ひらり、とふり返って








「1ヶ月、覚悟してな?」











兄さんの後ろの空は青々としていた。





































 ~余談~







『なぁうち、ちゃんと風華で気張りますよって…慣れるまで一緒におってもらえへん?』

『えっしかし、寮だしな…。』

『許可はもらってます。』

にこっ

『おいおい…もうその気満々なんじゃないか。』

『ええやろ?』

うるっ

『はぁ…分かった。父さんに相談してみ『お父はんの許可もあります。』

にこっ

(堪忍…。つい可愛さに負けてしもて。)

『……。』

『ええよね?』

うるうる

『…あぁ。』

『ほんまぁ?!おおきにっ。』

がばっ

『っ!…はぁ。』

『(にこにこ♪)』

『…で、どのくらいいればい 『1ヶ月。』 …は?』

『せやから。1ヶ月は一緒でええってお父はんが。』

『……。』

『(にこにこ♪)』

『………親ばか…。』




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