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たまには骨休めも必要でしょう?
「お母さん…これは」
「あきませんなぁ…」
◆ ◆ ◆ ◆
「ん…」
目が覚めたらしい。
しばらく浮上しない意識のまま、ただ映る景色を享受する。
あぁ寝てしまったのか。
体を起こそうと前に捻ろうとしたものの、何か大きなものが邪魔をして後ろにしか動けないようだ。
寝起きということもあり無意識に眉間に皺を寄せながらも、それが人であることは分かったので
出来る限り小さな動きで状況を確認する。
「……」
見なかったことにしよう。
そう心に決めて、開いたばかりの瞼をしっかりと閉じた。
「お父さん」
可愛い声が自分を呼ぶ。
「お父さん」
呼んでいる。
「お父さん」
呼んでいる。
「…おかえり、静姫」
覚悟を決めて、そう、覚悟が大事だ。
覚悟を味方につけてせっかく閉じた瞼を恐る恐る開く。
「ただいま。」
ぴったりとくっついて胸に埋まっている愛しい顔。
の少し下、二の腕のあたりに乗っている瓜二つの顔がにっこりとなつきを見ていた。
「起きたいんだが、動いてもいいか?」
「はいどうぞ。」
静姫はなつきとなつきにくっついているものの間に割り込むように
その人の上に乗って上部の僅かな隙間に体を入れ込んでいた。
つまりなつきから見ると斜めに傾いて、そこから不幸にも執念らしきものを感じとってしまったなつきは
まるで壁際に追い詰められた犯人のような気分になっていた。
さらには、静姫の体勢にたどり着くまでの視線の旅路で
見なかったことにしようと決めたものを再び目にしてしまったことは、致し方ないのだろう。
「案外早かったんだな。」
慎重に体を起こして、現実
いや、触れてはいけない微笑ましくも恐ろしい現象、をしっかり上から眺める。
「ちょっと買いすぎて荷物重ぉなってしもたから、はよ帰ってきたん。」
「電話してくれれば迎えに行ったのに。何をそんなに買ったんだ?」
支えがなくなってしまった静姫も必然的になつきの傍に座す。
平静を装いごく普通に会話しながらも、なつきの意識は視界の片隅に映っているものにいっている。
心が見えるとしたら、冷や汗を滝のごとく流しているに違いない。
決して触れてはいけない。そしてできれば触れられぬことを現在進行形で祈っている。
「そろそろクリスマスやろ?やからちょっとした置物とか装飾品とか。
服も買ってもらったから、あとで見てくれる?」
おもちゃを買ってもらった子供のように無邪気に迫ってくる静姫。
ふっと一瞬気が緩んだものの、やはりすぐ傍にあるものがなつきの安心を脅かす。
「そうだな…あーっと、そうだ、それなら今すぐ見せてくれ。なっ!それがいいっ!」
大げさに、いいことを思いついたような顔をしてみせる。
「ほんま?それならはよ行こう、私の部屋。」
「あぁそうだな!」
嬉しそうに快諾した静姫。
なつきは一刻もはやくこの場を離れようとすぐに立ち上がろうとする。
「あっでもその前に。」
しかし当の本人は立ち上がろうとする気配もなく、ふと何かを思いついたような素振を見せる。
「なんでこんなところで寝てたん?留夏と」
…ジーザス
瞬間的に浮かんだ心の声に思わず自嘲しそうになったが、必死に堪える。
「それうちも聞きたいわぁ。」
「!?」
急に横から聞こえてきた甘い声に思わず体を硬直させる。
「し、しずる…」
おーまいがー
心の中ですら棒読みに読み上げた。
「こないなとこで寝たら、痛いし寒いやろ?」
私のほうを向いて静かに寝ていたはずの静留は
いつの間にか起き上がって静姫と同じ笑みを浮かべている。
そう
私が寝ていたのも、私にぴったりとくっついて静留が寝ていたのも
そして、今は静留の向こうに追いやられているが一緒に寝ていたはずの留夏が寝ているのも
リビングのフローリングという、初冬の昼寝には適さない場所であった。
「あぁそれはだな…」
暑い、いや、寒い。いややっぱり暑い。寒い。
暖房が入っていることを考慮しても、なつきの周りだけが異常な温度変化をしている。
よく似たふたつの顔が笑っている。
「留夏がここで寝ていたんだ。それを眺めていたらつい私も眠くなってしまって。
いつの間にか寝てしまっていたみたいだな、あはははは…」
留夏をただちに保護しなければ。
考えるより直感した。
「ま、まだ寝ているようだからベッドに寝かせてくるよ。」
さりげなく留夏に近づいて、かわいらしい寝息を立てている体に触れようとする。
「そのわりにはしっかり腕枕してはったけど?」
肩に触れたところで再びなつきの体は硬直した。
たしかに、昼間なつきは静留ではなく留夏とくっついて寝たはずだった。
事の起こりは、留夏がフローリングに気が抜けたようにぺったりと寝転がっていたことだ。
気になったなつきが声をかけると、暖房のきいたリビングでは
夏場と同じようにフローリングが気持ちいいのだとまどろみながらそう言った。
試しになつきも寝てみると、思っていたより冷たすぎず丁度いい具合だったので
そのまま留夏とゆっくり話をして、ついでに抱き枕代わりに抱きしめたまま寝てしまったのだ。
さきほどの説明もあながち間違っていない。
けれど、後ろめたさ100%
「親子のふれあい、かな…」
「留夏も甘えんぼさんやったんやねぇ。」
「すみに置けませんなぁ。」
にこっ
決して表情を崩し過ぎない、それでいて満面の笑み。
京都にはこんな女性がたくさんいるんだろうか。
そして京都に思いを馳せる今のこの状態を、現実逃避というんだろうか。
「留夏…」
お前には本当にすまないと思っている。
今度きちんと詫びるから、どうかこんな父を許してくれ。
「私は仕事があるから、留夏を頼んでいいか?」
ごく自然に、いたって自然に穏やかに微笑み返して
なつきは一度も振り返ることなく、リビングを後にした。
部屋のデスクで静姫の服のことを思い出したが
どうせ今はそれどころではないな、とひとり静かに書類に向き合い始めた。
逆に持っていることに気づいたときには、すでに3ページ目を捲っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
それから3日間、留夏はふたりの爽やかすぎる笑顔と共に過ごした。
過ごすしかなかった。
過ごさざるを得なかった。
過ごしたくなかっ…過ごしたかったです。過ごしたかったからすごく。ほんとにすごいから!
すごいからそのオーラを消して…!!
by
その間すっかり放置されていたなつきはこっそり奈緒と食事に行き
留夏を偲びながらしばし安息のときを得た。
なつきは家庭の話をしなかったが、奈緒はなんとなくあの破天荒な御家問題を察していた。
もはやご飯を奢ってもらうことに良心が痛まないくらい、呆れ返っていた。
呆れ、感心をも通り越し、呆れ返ってやった。
見送ったなつきの背中は、なんだか家庭染みていた。
実に幸せそうな背中だった。
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