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長期休暇前日の夜。
コン、コンと部屋の扉がノックされる。
あの人だ、と直感で分かった。 


「咲夜さん、私です。」 


やっぱり 。



「入って。」


ゆっくりと丁寧に開く扉。
そんな律儀なところはあの頃のままだ。


「お休みになるところでしたか?」


こうして
この妖怪がここを訪れたのは何年ぶりか。

きっと妖怪にとってはたった数年の話。
でも人間にとっては。
私にとっては、長い数年だった。 


「いいえ。何か?」 


お茶を出すくらいすればいいのにと。
素直になれない自分が恨めしい。


「大したことではないのですが、明日から毎日顔を合わせることになりそうなので先に謝っとこうかと…」

「謝る?」

「はい。」



困ったように笑うところも変わってない。



「どうして?」

「…なんとなくです。」



少し悲しそうに笑みを浅くするくせに
それでもやっぱり微笑んでいるところも。



「すみません。」



また困った笑顔。
謝ることなんて1つもないというのに。


なのに


謝らせてしまっているのは私のせい。
何一つ信じることができなかった


私のせい。
 

でもきっとこのことには触れてはいけない。
美鈴に付けてしまった傷を癒す術を
私はまだ

知らない。


 

「…まぁいいわ。それよりあなた、明日からしばらく私の番人なんでしょう?」



そうお嬢様が言っていた。
      ――美鈴にあなたの見張りをさせるわ。決して働かないこと。いいわね。
  


「番人というと大げさですけど…」

「で、どこでどう見張る気?」
 


私に付き纏うわけはないし、かと言って遠すぎても意味がない。

 

「そうですねぇ…。館の中にさえいれば気で分かりますから
 妹様のところか、たまにはパチュリー様のところにお邪魔しようかと思ってるんですが。」

「そう。」

「あっでも、外に出かける時は声をかけてくださいね。時を止められたら追うの大変ですから。」


 
あはは、と指で頬をかく。

 

「下手したら1ヶ月もあるのよ?ずっとそんなことしてる気?」

「はぁ…そう言われましても…」



語尾が小さくなっていく美鈴が
ちょっとじれったい。



「だいたい、私はどうするのよ。」

「はい?」

「…1ヶ月も、1人にさせるの?」

「えっ…」 


違うんですか?というような間抜けな顔は、私を見つめたまま動かない。


しばしの沈黙。

  
……
………。



「……だからっ!」



あぁもう恥ずかしい。



「傍に、いなさいって、言ってるの…」


最後のほうはもうほとんど聞き取れなかっただろう。
でも美鈴にはちゃんと届いたようで
 

「……はい。」
  

優しくうなずいてくれた。



本当にこの妖怪は
何一つ変わってやしない。



 
「じゃあ帰りますね。また明日。」
 


頭を下げると、入ってきたときと同じように丁寧に扉を閉めて出て行った。

そしてひとりになって思うのだ。
















       
      愛しい。



 ねぇ、美鈴。
       あなたは誤解しているようだけど。
 ねぇ、愛しいの。
       確かに、愛しいと感じる。

  だから誤解しないで…

 















      





        この愛を。

 

 

 

 

 




 



◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 







 

 

休暇初日の朝、数年ぶりに咲夜を起こしに行き
それから日がな一日のんびりとすごした。
その次の日も、そのまた次の日も。
散歩に出かけることもあれば、妹様と遊んだり、パチュリー様や小悪魔とお茶をしたり。
それは穏やかな日々だった。


咲夜は
”まるで時が止まったみたい…”
とそう零していた。


時を操る彼女が言うのもおかしな話だが
いつも感情を殺して、瀟洒であろうとする彼女がふわりと綺麗に微笑んだので
ただただ嬉しかった。 


だから毎日、今日は何をしようかと
咲夜の笑うところを思い浮かべては頬が緩んだ。







「めい。」

「なんでしょう?」

「今日は買い物に行きたいのだけど。」



この数日、なぜか咲夜は私に”めい”と呼びかけることがある。



「分かりました。じゃあすぐに支度してきますね。」

「私も着替えてくるから、門の前で待ち合わせでいい?」

「構いません。じゃあまた後で。」



なんにせよ、今日の咲夜はとても機嫌がいいようだ。

さぁ急いで支度をして










ご機嫌なあの子を待つとしよう。
















◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

















ふたりで人里へ出かけた。

美鈴と人里に来たのは、まだ美鈴が執事をしていた頃以来だった。
しかも、なんの目的もなく歩いて、なんとなく興味をひかれた店に入るなんて
拾われてはじめて連れてきてもらったときくらいじゃないだろうか。



隣に立てば前はあんなに遠くに見えていた顔も
まだ見上げるほどだが、ずいぶん近づいていた。



手は、つながない。

つなげない。



今更自分からなんて、到底出来そうもない。




「美鈴。」

「はい?」


ほんとはその手を引っ張りたかったのだけど
代わりにゆるく腕をつかんで引っ張る。


「あそこも見ていい?」


私が指差した先を確認すると、見上げる私に微笑んだ。


「はい、行きましょう。」


きっとあのときの美鈴も、こんな涼やかな笑顔で付き合ってくれたのだろう。
















それからもひとつひとつの店をゆっくりと、思う存分見てまわった。
美鈴は嫌な顔ひとつせず、むしろ嬉しそうに付き合ってくれる。



「そろそろ帰りましょうか。」



美鈴がそう言ったとき、すでに夕陽が落ちてきていた。



ほんとはもっと、こうして並んで歩いていたかったのだけど
…まぁいい。

きっとこれからは少しずつ美鈴とこうしてすごしていける。
いや、すごしていく。
せっかくお嬢様が背中を押してくださったのだから。




    そう、今度こそは




「そうね…って、あっ、ごめんなさい。さっきの店に忘れ物してきちゃったみたい…。
 取りにいってくるから待ってて。」




        決して




「あっ、私が…って行っちゃった…。」



呼び止めようとした美鈴を置いて元来た道を引き返す。


今は1分1秒でも大事なのだ。
早く美鈴のところへ帰ろう。












        決して




















 

      見失わぬように。
 







 














◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆




















紅魔館、と言えば今ではこの幻想郷で知らぬものはいないだろう。
しかしその館に住まう者を知る人間は、普通の人間の中にはほとんどいないだろう。

主であるレミリア様は、吸血鬼の行動時間にそぐわない昼間に外出されることはめったとない。
未だ狂気をコントロールしきれないフランドール様は、最近まで外には愚か
地下から出てくることもなかった。
パチュリー様はあの通りである。
そして、小悪魔や見た目で妖怪と判断できる従者たちは、人里へ行くことはない。




  知っている人間がいるとしたら







「よ、妖怪だ…っ!!」



ひとり残され、することもなくつっ立っていると
たまたま通りかかった男が私を指差してそう叫んだ。

その声を聞きつけた数人も集まってきて、距離をとって私と対峙した。



「こいつは悪魔の召使だ!あの館の門番はたしかにこいつだった!」



私を見たまま大声で、集まってきた人々に教える。



「お前のその紅い髪は忘れもしないっ!」



勢いはいいが怯えた様子の男は、紅魔館に奇襲をかけてきたことがあるのだろう。





   知っている人間がいるとしたら

それは紅魔館に奇襲をかけてくるような反妖怪派の人間で
知っているとしたら、私と奇襲時に居合わせた私の部下数名だ。
そして記憶に残るとしたら一際目立つ私だろう。
つまり、人間たちにとって私=紅魔館と言ってもいいのだ。




「何をしにきた!」


少しずつその男と同類の人間も集まったらしく、近づいてはこないが敵意を露にして睨みつけてくる。


「買い物にきただけです。」


呆れたようにそう返すが、信じてもらえそうもない。



「妖怪に売るものなどない!すぐに出て行け!!」



人間とはどうしてこうも感情的なのか。
こちらとしてもこうなってしまったら出て行きたいのは山々だ。

しかし

そうだ

あの子がそろそろ戻ってきてしまうのではないだろうか。
何も知らないあの子がここへ来てしまったら

   
 









「なに、してるの…?」

「っ…!」



訝しげにそう呟いた咲夜の声は、妖怪の私にしか聞こえていない。


あぁ、遅かったか。
もう少し時間があれば何とかできただろうに。
あの子が私に呼びかけでもしたら、あの子も私と同じ扱いを受けてしまうだろう。
そんなことは絶対にあってはならない。



   

   だってあの子は












「めい…っぅ!!?」



「「「!!!?」」」




よかった、間に合った。
もう少しで私の名を呼んでしまうところだった。

ごめんね咲夜、痛いだろう。
でも少し我慢して。




「おい大丈夫か!?」



足を押さえてうずくまる咲夜に、人間が呼びかける。
傷口を押さえる咲夜の手の下からは、血が垂れている。
しかし私の放った弾幕はきちんと狙ったところに当たったようだ。
あれなら傷も残るまい。



「なんて事を!?」



そう咲夜を気にかける男は、それでも私を恐れて咲夜を助けに行こうとはしない。
なんと脆い正義か。



「このまま睨みつづけられると、あの子の命は保障しかねますけど?」


緊張状態を解こうとそれまで一度もしなかった鋭い表情でそう牽制する。
それを聞いた中心の男は、ぐっと唾をのみ私と咲夜を交互に見る。
そして



「…このまま大人しく帰るか?」



と悔しさを噛み締めた表情でそう言った。



「ええ、約束します。」


それに私も真剣に返すと、男はゆっくりと一歩下がり私の行動を待った。

男が戦意を失ったことを確認すると、すぐに咲夜のほうへ飛ぶ。
しかし止まることはせず




――すぐに迎えにきます




とだけ、すれ違いざまに告げて館へと飛び去った。











ずいぶん驚かせてしまったことだろう。

それでも。

たとえ体に傷をつけようと、決して心は傷ついてほしくないのだ。





    

   だってあの子は

































やっと愛されることを知り始めたのだから。















 

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