願うなら

なつ静

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人の溢れかえる賽銭箱から離れ
冷たい空気に白い息を吐き出す。

その寒さを視覚で捉えたなつきが
となりの彼女は凍えていないだろうかと見れば
やはり少し縮こまっていた。


「静留は何をお願いしたんだ?」


すでに繋いでいる手は
この寒さではあまり意味をなさない。

どうにか少しでも温めてあげたいと思ったが
優しく声をかけるくらいしかこの状況では思いつかない。



「家族が増えますようにて。」


そんななつきに
強ばっていた表情をすぐにいつものたおやかな笑みに変えて
どことなく嬉しそうに教えた。


その内容の意図するところは、ずいぶん昔からなつきの胸を深く抉るのだが
実際に静留から言われてみると
思っていたより痛みは少ない。


思っていたより上手く、笑えないけれど。



「うちな、神様になんてお願いするんやめてたんよ。」


そんななつきを見て、静留も１度哀しげに目を細めたが
なつきを安心させるようにまっすぐ前を向いて
甘えているときにするように、少し幼いしゃべり方でなつきに話してきかせる。



「どんなにお願いしたって、なぁんも叶えてくれへんかったもん。
やから、うちの願いは叶わへんのやなぁて諦めてた…」



話しながら、だんだん真剣な声に変わっていくが
それでも笑顔は表情は柔らかい。


「でも…」

「うん」

「なつきが叶えてくれた。」



うん

遅れてもういちど頷いた声は
少し震えた。



「傷付いてボロボロになって…命を捨ててに叶えてくれた。
　あれからなつきはいつも、えらい簡単にどんな願いも叶えてしまう。
　やから、絶対に叶えられへん奇跡みたいなもんだけ、神様にお願いすることにしました。」



うん

とはもう答えなかった。



静留は願いなどほとんど口にしない。
欲しいものも訊くだけ無駄といった感じだ。

だからなつきはいつも
自分がしてあげたいことを、とにかく全てやる。

そのうちのどれかが、静留の願いを叶えているといいな
と願いながら。



「静留」

「なん？」

「私はお前の願いを叶えられてるかな…」



どれかひとつじゃなくて
もっとたくさん。



「ぜーんぶ叶えてくれてはるえ。」



自信なさげに尋ねるなつきに
静留は元の甘えた声に戻って、はっきりと答える。



「…幸せか？」

「もちろん。」



そう言うと、なつきに擦り寄って
なつきは神様みたいやわぁ
と子供のように呟いた。



きっとほんとうは静留にも今、口には出来ぬ痛みがあるのだと
そんなことはなつきにも分かっている。
自分が神のように、静留の願いを叶えられないことぐらい分かっている。
分かっているのだ。

でも、分かっているからこそ
湧いたものは全部飲み込んで



「なら、その願いは神に譲ってやろう。」



と笑うことにした。



「でもな」



そうしたら静留は



「やっぱり願うなら、”なつきに”て思てしまうんよ。」



照れたようにはにかんだ。


そんな静留に
やっぱり神にも譲れないな、なんて思ってしまったなつきは
明日もまた、静留の願いを叶えるのだろう。