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静留の聖誕に捧ぐ
日曜日、子どもたちと3人でクリスマスの予定を話し合う。
なつきは1時間ほど前に出かけて、まだ帰ってきていない。仕事ではなく、すぐに帰ってくると言っていたのでそろそろ昼ごはんを作りはじめたほうがいいかもしれない。
「今年はどこかに遊びに行かない?」
「ええなぁ。今年はお父さんも休みやろし。」
「せやったら先に確かめたほうがええんとちがう?土曜日ゆうても年末どすえ。」
ここ半年、なつきの仕事はようやく落ち着いてきた。
高校2年。子どもたちも穏やかになってきたように思う。
それでもまだ幼さが残っていることは、とても幸せなことだ。
「そうよね…今月に入ってからまた忙しそうだし。」
肩を落とした留夏の少し情けない顔は、なつきのその表情とぴったり重なる。
けれど、留夏がなつきに似ているところは、こうして成長しても顔だけだ。
静姫も留夏もあまり家に友人を招かないが、ごくたまに顔を合わせるふたりの友人を見ていると
毎度不思議な気分だ。
なつきと自分はあんなに友人がいなかったのに、と。
自分たちとの違いを感じる度、本当に、よかったと安堵する。
「あっお父さん帰ってきはったよ。」
唐突に声を上げた静姫。
留夏と耳を澄ませると、近くで車を駐車する音が聞こえる。
いつも、いちばんにその音に気づくのは静姫だ。
静姫はとても耳がいい。
クラシックが好きなの留夏のほうだが、コンサートに行って
あの音がよかった、あの奏者はいまいちだった、と詳しく語り続けるのは静姫のほうだ。
「ただいま。」
「「「おかえりなさい。」」」
帰ってきたなつきは外の寒さをほとんど感じさせなかった。
なつきはもうほとんどバイクに乗らなくなった。
子どもたちの影響なのだろう。
事故の心配が減ったことよりも、こうして夏や冬の外気に晒されなくなったことのほうが
静留にとっては良い変化だった。
すぐにリビングを出て行ったなつきはしっかり手洗いうがいを済ませて
ほんの少し奪われてしまった温かさを取り戻すため、足早にリビングに戻った。
「すぐにお昼作ります。」
「ああ、今日はどこかに食べに行かないか?部下にいいところを教えてもらったんだ。」
ソファから立ち上がろうとする静留を制すなつきは、自信あり気だ。
「ほんま?楽しみやわぁ。」
意気揚々とする静姫と留夏。
静留も小さく笑った。
「それと」
実にスマートに静留の前に膝をつく。
ごそごそとズボンの後ろポケットを探って、何かを取り出す。
「静留、これ。少し早いが誕生日プレゼントだ。」
そう言って差し出された何かのチケットの袋を、なつきの顔を窺いながら受け取る。
「開けてみて。」
留夏と静姫はその中身を知っているのか、にやにやと見てくる。
「これ…」
ふたりの視線を浴びながら取り出したチケットは、思っていたものとは全く違っていた。
「誕生日は家族みんなで、な。」
なつきは少し照れくさそうにはにかんだ。
「京都…どすか。」
新幹線の特急券。到着駅にはなつかしいその地名。
日付はしっかり19日となっていた。
「休みをとったんだ。ちょうどお義父さんに会社のことでお話もある。
私ひとりではまだ緊張してしまうから、ついてきてくれないか。
ふたりは学校だから一緒に行けないけど、朝誕生日祝いをしよう。」
「おじいちゃんも楽しみにしてるわ。」
「首長くして待ってはるよ。」
諭してくる3人に覗き込まれて、なんだかくすぐったい気分だった。
「おおきに。」
静留もなつきのようにはにかんだら、子どもたちが嬉しそうに笑った。
少しだけ、瞳が潤んだ。
◆ ◆ ◆ ◆
18日、静姫と留夏が中学を卒業して以来、約2年ぶりに4人ひとつのベッドで寝た。
体格だけ見れば大人が4人だ。
静留の両側にくっつく双子がはみ出ないように、なつきは一睡もしなかった。
朝、いつもより少しはやく起きてささやかな誕生日パーティーをした。
前の日になつきと双子が作ったケーキを食べて
いってらっしゃいと元気に玄関を出ていく子どもたちを、いってきますと返して見送った。
新幹線の中、なつきは少しはしゃいでいるように見えた。
通り過ぎる風景から目を離さず、珍しいものを見つけるとすぐに静留に声をかけた。
京都に着いて静留の実家に向かう道中も、同じような様子だった。
「お帰り。それから、おめでとさん。」
出迎えてくれた父は、前に会った時よりもまた、柔らかくなった気がした。
しばらく3人で話をして、父の方からふたりで話がしたいと申し出たので
なつきは優しく頭を下げて用意された部屋に戻っていった。
井草の匂いがするこの部屋で、父とふたりきりになるのは数年ぶりだった。
「なつきさんに感謝せなあかんなぁ。」
「ほんまやね。」
「静姫と留夏は元気にしてるか?」
「はい。今日も元気に。」
「そうかぁ。」
目を細めた父の目尻には、深い皺が刻まれている。
子どもの頃は眉間に皺を寄せている印象が強くて、少し恐かったのを覚えている。
「なつきさんは丸ぅなったなぁ。」
感慨深げに俯いた父は、自分の知っているままの父だった。
思わず胸が詰まった。
「いつか謝らなあかんて思てるんやけど、いざ顔を合わせると上手くいかんなぁ。」
ばつが悪そうに眉を下げる。
「なに謝りはるん?」
言い難いのか、父は長い息を吐いた。
「長いこと厳しくしてしもたこと。心の中では認めてへんかったこと。辛い思いをさせてきたと思う。」
噛みしめるように言う父は、本当に反省しているようだ。
「そないなこと、なつきはもう気にしてへんよ。」
「せやけど、これは私のけじめや。このままやったら、死んでも死にきれん。」
「それは…あかんなぁ。」
困ったように笑うと、父も同じように笑った。
「ほんまに、なつきさんがお前を選んでくれてよかったと思てる。
なつきさんがおらへんかったら、私の今の幸せもなかったかもしれへん。」
優しく笑う父を見て、静留も泣きそうになった。
ここまで歩んできた道が間違っていなかったと、心からそう思えた。
それからしばらく互いの近況を語り合って、出かけなければならないという父と
また晩御飯のときに、と笑顔を交わしてなつきのもとに帰った。
◆ ◆ ◆ ◆
晩は、昔父によく連れられていた料理屋で静留を祝った。
特別なことはしなかったが、懐かしさだけで静留の胸はいっぱいだった。
途中、ひとり黙々と舌鼓を打つなつきを見て父は笑っていた。
家に帰ると、近頃は眠くなるのも早いんだ、と言う父は風呂に入ってすぐに寝てしまった。
なつきも静留も、旅疲れかすぐに眠れそうだった。
「ふたりがひとり立ちしたら、ここでお義父さんと暮らしたいと思っているんだ。」
「え…」
布団に入って目を瞑ると、なつきは腕のなかの静留に静かに語った。
「私は故郷を持てなかった。そんなもの必要ないと思っていた。もうずうっと諦めていた。
けれど、ここに来るたび感じるんだ。私が知らない静留の欠片を。愛しいと思える何かを。
だから、帰りたいんだ。静留の故郷に。」
途切れることなく話続けるなつきは、おそらくもう眠ってしまいそうなのだろう。
ただ思いつく言葉を一方的にゆったりと語りかけた。
「私にもつくってくれないか…帰りたい故郷を」
そう言って突然黙ったなつきは、静留の言葉を待たずに眠りに落ちた。
置いてきぼりを喰らった静留は、行き場のなくなった嬉しさと恥ずかしさを胸に
なつきの腕の中で穏やかに目を閉じた。
いつもと少し違う懐かしい匂いが、静留の意識を心地よく奪っていった。
次の日、午前中はなつきと父のふたりで仕事の話をしていた。
午後は3人で観光名所を廻って、日がな一日を過ごした。
父となつきの距離は静留が思っていたより近づいていた。
前日の父の言葉を思い出して、ふたりの後ろで少しだけ泣いた。
3日目、帰るふたりを父は明るく見送った。
静留も後ろ髪は引かれなかった。
もう、遠い存在ではない。
帰りの新幹線、やはりなつきは楽しそうだった。
行きと違う風景に一喜一憂していた。
田園風景が続きはじめたころ、ふとなつきが真面目な顔をした。
「2日前に言ったこと、ちゃんと聞いていたか?」
「ええ。」
勝手に寝てしまったのはそっちなのに、と思ったが言わないでおいた。
「静留の気持ちをききたい。」
強い瞳で見つめてくるなつきを、思わずかっこいいと惚れ直してしまった。
「なつきが一緒におってくれるんなら、どこでもついて行きます。」
ぎゅっと手を握ったら、なつきが嬉しそうに笑った。
「手始めに正月はふたりも連れて帰らないか?」
「そらまたえらい、はよおすなぁ。」
「駄目か?」
「ええよ。なつきの好きなように。」
「お義父さんは嫌がらないかな?」
「喜びはるよ。やって家族なんやから。」
自信を持って言うと、なつきは満足そうに笑って、ふたたび窓の外を眺め始めた。
子どものようなその姿に、静留も目を細めて笑った。
帰りたい。
父の待つ場所をはじめてそう思った。
あの場所がいつかなつきの故郷になる。
その日が、待ち遠しくてたまらない。
いつかあの子たちの故郷にもなるのだろうか。
家で待つ子どもたちを思い出して、そう思い描いた。
今年のお正月は賑やかになるだろう。
孫に甘い父の姿を思い出したら可笑しくなった。
帰ろう、みんなで。
いつかの場所に、いつかの夢を
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