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今年の幻想郷にはまだ雪がない。
とはいえ一日中寒風に吹き曝される門番にとっては、がっつり極寒の冬である。
一度休憩所に入ってしまうと二度と出れなくなってしまうので、部下も休憩するのを強い精神力で控えていた。
美鈴なら気を操って気温をなんちゃらもできるが、全員をずっととなると美鈴自身がやられかねない。
いつもなら温かいおやつと飲み物を持ってきてくれる咲夜も、昨日から客人を向かえる準備で大忙しだ。
おそらく今日も来ないだろう。
あの魔理沙も、少し前までは鼻をすすりながら侵入していたが一気に冷え込んでからは来なくなった。
「こんにちは。今日も寒いわね。」
魔理沙と違い歩くことを好むアリスは、冷え込んでからも変わらずやって来る。
「はい。早く館内へお入りください。」
可愛らしく縮こまるアリスの頬はほんのり赤く染まっている。
美鈴にかける声も寒さで緊張している。
少々素っ気無いがすぐに門を通すと、アリスは硬い笑顔で館に去っていった。
辛い気候を除けば今日も平和だ。
そんなこんなでクリスマスが迫っていた。
◆ ◆ ◆ ◆
夜、パチュリーに呼ばれて美鈴が大図書館へ参上すると、埃っぽく寂寥としていたはずの室内は
見事にカラフルなクリスマスの飾りつけが施されていた。
「これはまたすごいですね。」
壁や天井もさることながら、よく見ると本棚にも様々な飾り付けがされている。
「近頃は妖精メイドたちも仕事熱心になったようね。突然山ほどガラクタを持ってきて、私の制止も虚しくこの有様よ。」
パタンと本を閉じたパチュリーは手近にあった飾りを揺らした。
「お嫌なら外すの手伝いますよ。」
おそらく大勢の仕業だろう。どこを見渡しても鮮やかな色が飛び込んでくる。
これだけのものを小悪魔だけで元通りにするのは、あまりに骨が折れる。
「私は仕事熱心ねと褒めたのよ。」
皮肉たっぷりに歪んだ笑みを浮かべる。
明らかに嫌がっているが、不快ではないのだろう。
本当に不愉快だったのなら、メイドたちがここまで飾り付けることはできなかったはずだ。
「それで、どのような御用ですか?」
素直でないここの主に尋ねる。
「特にないわ。」
「へ?」
「用は特にないと言っているの。」
「は、い?」
「何か文句があるのかしら?」
間抜けな顔をする美鈴を怪訝そうに見る。
「ないならもう戻りなさい。ご苦労様。」
話は終わったとばかりにふたたび本を開くと、完全に美鈴の存在を無視し始める。
美鈴は仕方なく退室し夜勤に戻った。
いくら考えても腑に落ちないまま、冷たい夜を過ごした。
夜勤明け、部屋の前すれ違った咲夜と2、3言交わして部屋に戻った。
驚いたことに部屋はちょうどいい室温に温まっている。
別れたばかりのメイド長を思い出して、ふっと緊張が緩んだ。
風呂場に行くとタオルと着替えが用意されていた。
2日間おやつ抜きの穴埋めなんだろうかと思ったら、久々に娘を想う愛しさがこみあげてきた。
こんなことを言ったら拗ねてしまうだろうか。
あの子が頑張っているから早めに起きよう。そう思って眠りに落ちた。
すっかり陽が昇った頃、朝食を食べるために食堂にいくと珍しく咲夜が待ち構えていた。
「もう起きたの?もう少し寝ていると思ったのだけど。でもちょうどよかったわ。」
「何かありましたか?」
「実は門番隊から何人か借りたいの。力仕事があって。人手不足になってしまうけど大丈夫かしら?」
「あぁそれでちょうどよかったですか。ええ大丈夫ですよ。好きなだけ連れて行ってください。」
「じゃあさっそく門まで行ってくるわ。夜勤明けで悪いけど、早く仕事に戻ってね。」
朝だというのにすでに疲れを滲ませた顔で申し訳なさそうに微笑んで、早足で館から出て行った。
美鈴は、食事を出しくれたメイドと同じく夜勤明けの隊員たちと一緒に朝食を平らげて
信頼できるメイドに花の水やりを任せて門前に急いだ。
門には副隊長だけが残っていた。さすが妥当な裁量だ。
アイコンタクトを交わして空いていた立ち位置に立つ。
副隊長と並ぶのは幾年ぶりか。
こんな冬の日もありかもしれない。
◆ ◆ ◆ ◆
クリスマス・イブ
宴会好きのレミリアはたっぷり2日間パーティを開く。
その1日目に当たる今日は当然まだ全員がしっかりしている。
開催時刻まであと2時間、メイドたちが忙しなく動き回り追い込みにかかっている。
門番隊もそろそろ招待客を出迎える準備をしなければいけないと思っていたころ
咲夜に呼ばれて準備中の大広間にやってきた。
「美鈴。」
「咲夜さん。今年も豪華なパーティですね。」
「えぇ。いつになくお嬢様が張り切っていらっしゃるの。」
「何か力仕事でも?」
「いいえ。それはもう昨日全部やってもらったわ。美鈴には他にやってもらいたいことがあるの。
すぐに終わるからちょっと部屋に行きましょう。」
腕を引かれて、戸惑いながらも咲夜のあとにつく。
廊下ですれ違うメイドたちはみな早足で、咲夜たちには目もくれない。
パチュリーの言うとおり、本当に仕事熱心になったものだ。
咲夜の部屋に連れ込まれる。
わけがわからないまま咲夜の動向を見守る。
「はい、これに着がえて。」
クローゼットから出した綺麗に畳まれたそれを美鈴に差し出す。
「これって…」
広げずとも何であるか分かる鮮やかな赤。
それを着ることは嫌ではないが、それを着てやらされることを想像すると素直に受け取ることが出来ない。
恐る恐る手を伸ばすと、ぐっと咲夜が押し付けた。
自分の手に乗ったそれを見て、美鈴は心の中で肩を落とした。
渋っているわけにもいかないのでさっさと着替えると、それは見事に美鈴の体に馴染んだ。
「よく似合ってるわよ、サンタさん。」
くすくす笑う咲夜は明らかに馬鹿にしている。
「サイズもぴったりね。よかったわ。」
ありがとうございますと嫌そうに言う美鈴を見て、咲夜は口を押えて肩を震わせた。
「脱いでいいですか?」
「え、ええ…くっ…いいわよ…くくっ」
「もういっそ笑ってください…」
美鈴は諦めたが咲夜はなんとか堪え続け、目に涙を浮かべながら美鈴の役目について説明を終えた。
業務に戻った美鈴は、部下とともに年に数回しか着ないフォーマルな制服に着替えた。
姿見に映る整然とした自分を見て、サンタ衣装の自分を想像した。
肩を震わせる咲夜を思い出したら、せっかくの制服も凛々しく見えなくなってしまった。
姿見の前でため息をつく美鈴を見て、副隊長が似合ってますよと声をかけた。
ある意味奇跡的なその言葉を聞いた美鈴は、余計に肩を落とした。
美鈴サンタは大好評だった。
酒の入った顔見知りたちに絡まれて、役目を終えた時には美鈴はぐったりしていた。
それでもその後の門番業務を頑張れたのは、翌日のパーティに部下たちを全員出席させるという
約束をとり付けたことと、サンタ衣装の裏話をパチュリーに聞いたことが心の支えになってくれたからだ。
大図書館に用もなく呼びつけられたあの時、じつはパチュリーの魔法で美鈴の採寸をしていたらしい。
『上下の丈やら帽子のバランスがあるから正確な寸法が知りたい、と咲夜に頼まれたの。』
『だいたいは分かるのですが、とも言っていたわ。』
にやりと笑ったパチュリーに、美鈴は照れくさそうに頬を掻いた。
◆ ◆ ◆ ◆
クリスマス
前日のパーティに参加した客の半分は紅魔館に泊まって酒を抜いた。
様々な気が溢れる館を守るべく、美鈴は徹夜で門に立っている。
咲夜も徹夜とまではいかないが、パーティや宿泊客の世話に睡眠時間を割いた。
朝食、昼食はメイド総出で振る舞った。
昼食の片付けを終えるとベテランメイドたちはすぐに晩餐の仕込みを始め
それ以外のメイドは門番隊の参加で当初より必要になってしまった食材や酒を仕入れに行った。
美鈴からパーティ参加の話を聞いた門番隊は張り切って業務を遂行し
シフト外の隊員は仕入れの荷物持ちについていった。
宿泊客やレミリアたちは昨晩の興奮が冷めないのか、昼間からゲームや談笑で盛り上がっていた。
陽が落ちて、大広間が綺麗に準備されはじめた頃、美鈴は隊員たちに交代で風呂に入って正装をするように指示した。
隊員たちにはパーティでの振る舞いをみっちり叩きこんだ。
お嬢様に認められれば門番隊もまた参加させてもらえるかもしれない。
めったにない機会を部下に楽しませたいと美鈴は意気込んでいた。
最後に正装を終えた美鈴は、きっちり正装をした隊員たちを並べてもう一度パーティでの振る舞いを復習した。
真剣に聞く隊員たちの目はきらきら輝いている。
緊張している隊員には冗談で肩の力を抜いてやる。
門番隊らしく最後に敬礼をして、美鈴のあとについて全員門を離れた。
館の周りにはパチュリーが明日まで特別な結界を張ることになっている。
安心しなさいと笑ったパチュリーを、美鈴は心底信頼している。
大広間に入ると、泊まっていた参加者はすでに宴会をはじめていた。
これから来る客が混ざればどんちゃん騒ぎになるだろう。
そうそうたる顔ぶれに隊員たちは圧倒されていたが、美鈴が無礼講だと言うと
作法は守りつつはしゃぎはじめた。
無邪気ながらも言いつけを守る部下たちの姿を見て、美鈴も安心した。
バッ
突然明かりが落ちる。
反射的に身構えた美鈴が気を探る前に、すぐに明かりは点いた。
「「「メリークリスマス!!」」」
「「「!!?」」」
四方から飛んできたクラッカーのカラーテープを浴びながら、門番隊は目を丸くした。
「今晩は門番隊も羽目外しなさい。せっかくの宴会なんだから労ってやるわ。」
サンタ姿のカリスマが、そこにはいた。
「どうして私たちまで…」
カリスマのまわりにはパチュリー、小悪魔、咲夜の他にもサンタがたくさんいる。
パチュリーは眉間にしわが寄っているが、ほろ酔いの霊夢は楽しそうだ。
「一体これは…」
「お嬢様の御意向よ。今日はあなたたちがパーティの主役。」
戸惑う隊員たちと咲夜が顔を見合わせると、近くにいるサンタがひとりひとりにシャンパンの入ったグラスを渡す。
「じゃあ改めて、乾杯!」
レミリアがグラスを突き上げる。
「「「…っ、かんぱーーーい!!!!」」」
隊員たちもこみ上げる興奮を声にして、高くグラスを突き上げた。
サンタたちも声を上げて、大広間がひとつになる。
唖然とする美鈴は、勢いよくシャンパンを飲み干す隊員たちを見ながら乾杯と口だけ動かした。
「美鈴、乾杯。」
呆然とする美鈴のグラスに、咲夜が自分のグラスを傾ける。
「驚きました。」
「私もお嬢様にはいつも驚かされるわ。まさか自分もサンタになるなんて。」
苦笑いを浮かべる咲夜には赤がよく映えている。
「私も昨日の衣装を着てくるべきでしたね。」
髭を撫でる仕草をすると、咲夜もそうねと笑う。
「でもその格好もよく似合っているわ。いっそそれで仕事してみる?緊張感が出ていいかもしれない。」
「汚さないか心配で仕事になりませんよ。」
「私が洗ってあげる。」
勘弁してくださいよと情けなく笑うと、咲夜は意地悪く笑って美鈴の手をとった。
「じゃあ今日のうちにしっかり目に焼き付けておかないと。」
咲夜は美鈴の手を引くと、レミリアたちの輪の中に入っていく。
霊夢やアリス、魔理沙は、普段と違う綺麗に整った美鈴を見て、ほぉっと感心の嘆を漏らした。
それから美鈴はひっきりなしに酒を盛られ、メイドたちが腕を振るった料理も存分に味わった。
部下たちもすっかり楽しんでいる。
絡みはじめたレミリアや霊夢の被害に遭いながらも、美鈴は幸せを噛みしめていた。
いつの間にか酔いつぶれて凶暴になった小悪魔に投げ飛ばされながら、この場にいるたくさんのサンタに感謝した。
壁にぶつかって背中をさすっていたら咲夜サンタが頬にキスをした。
痛くなくなるプレゼントと囁くと、今度は唇にキスをして満足そうに笑った。
華やかな聖夜
瀟洒もすっかり酔っていた。
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